お前ら、待てよ!(パーティーやるからな!)

ということで、ようやく「機動戦士ガンダムIII 星の鼓動は愛」DVDをようやく鑑賞。

まあ、ひとくちでいって……あの、おもしろかったよ、やっぱり(苦笑)。
劇場に無理して足を運んでみたときになんで満足して帰宅したのか思い出した。

で、おもしろい、といったけれど、それは多分正確ではなくて……観てるこっちが余計なことを考えなくて済むベクトル、ドライブ感にひきずりこまれる……と云った方が正しいのか。
特に、TV版をホントに繰り返し通しで観てきたボクみたいなニンゲンには、ストーリーが整理し尽くされて、ダンドリ通りに話が進んでくれて、観てる方で物語の進行を補完してあげる必要がないのが嬉しくてねえ(ほめてないね、これじゃ)。

このドライブ感を実現するために、驚くべき量のエピソードが容赦なくカットされてて、それ自体もすごいのだけれど(前半どころか7割以上カットしちゃってた「ドキュメント太陽の牙ダグラム」と比べれば、じつはそれほどでもないけれど、「星を継ぐもの」、「恋人たち」よりはるかに多くカットされてるはず)その中にダ・カール演説が含まれてるのが、最初に観たときに一番驚いたのよね。地球篇のエピソードが全部ないっていう。
おかげで、古谷徹氏が楽しみにしてたアムロのモビルスーツがまるきりでてこないのもさることながら、大気圏突入シーンがないものでΖガンダムが何のために変形する機体なのかさっぱりわかんないのが大問題(笑)フライングアーマ-がΖ計画とは関係ない連邦の既製品ッて設定になってるのも、Ζの大気圏突入がなくなるのがわかってたからかもな、とか。

スーパーガンダムが最後の最後にしかでてこないのもスゴかったけど。
メタスはあんなに大活躍なのに……。

これでシャアのアレな演説がなくなって、それこそ「……こいつそれで、なにやってんだ?」って感じだったから、単にみんなで集まって戦況を観戦してるだけのアムロとあわせて、「星を継ぐもの」をシャアとアムロの映画だと思ってみてしまった人たちには可成り不満だったかもねえ……。

でも、シノプシスはグリプス争奪戦に話が一点集中してシンプルになってるわけで、やっぱり地球篇を丸々カットしたのは正解としか言いようがないなあ……。
話のツジツマをあわせる都合もあって、各キャラクターの台詞が大幅に手直しされてるから、みてて「? さっきといってることがちがう?」という問題も全面的に解消。
特にブライトは顕著で、物凄くバカだったTV版とは打って変わって有能な印象に……。ラスト、有能なのに滑稽、っていうあのシーンを思いついたのはエラいなあ。
あとストーリーとは関係ないけど、メールシュトローム作戦開始直前にブリッジにあがってきたシンタとクムのコンビに癇癪を起こしたりしないで、納得いくまで相手をしてあげた上で「危ないからもどろうな」っていうのがスゴくいい。二児のパパとしては「ここは託児所か!」ッてキレるのは変だとズッと思ってので。

まあ、結局は、当たり前の映画になっただけかもしれないのではありますが。

で、問題のラストシーン。
カミーユが精神崩壊をおこさないのは発表されてたわけですが……そうだよねえ、ファみたいのが一緒にいるのに独りであっちの世界に行ったりせんよなあ……。という。ちょっと生々しいくらいに抱き合ったりしてるのも「シロッコみたいな優等生バカなんかどうだっていいでしょ?普通カノジョの方が大事じゃね?」っていう意味でリアリティなんかなとか。
まあ、TVシリーズではファとカミーユッて段々スレ違いがヒドくなっていくので、カミーユを救うために、ファをカミーユ以上にタフで素直な女の子にしてあるのね、と、劇場版のファのキャラクターの描き方の変化に得心が云った次第。

その分シロッコの扱いがスゴいイキオイで小物になっちゃってるので(あんなの口先だけのバカなんだからシカトしとけやとかいわんばかり)、ジェリドなんかそこらのヤンキーみたいなあつかいで……。

というか、ミネバの去就とかハマーンのその後も含めて、ラスト五分でΖΖでかたるべきことは全部語られてるのだよね…。

ボクは、この映画、結局、ラスボスをたおすのがたいしたイベントになってないので、盛り上がりがない映画じゃないの?と考えてたんだけど、ちがうな。
そこまで延々やってきた戦争を全部「くだらないこと」として振り切っちゃう演出だよな。戦争が終わって、そのあとこそが本当の「人生」というか。
あそこでブツンとカミーユの人生が幕引きされてそれでOKだったのは、TVシリーズだからこその演出なんだよなあ……と(逆シャアもある意味そういう演出になってるけど)。
ただ、TVシリーズだと戦争だけが人生なのを肯定してるカタチになるんだけど……作劇的にはカタルシスがあるのも事実なんだよね。とかなんとか。
でも、新訳版ではそのおわりかたは絶対にやっちゃいけなかったわけで。
それにかわるエンディングとして、カミーユとファがいちゃついて終わりッて云うのは、視聴者の期待は裏切ってるのかもしれないけれど、ある意味ΖらしいっちゃΖらしいかもしれない。
「おまえら、ゲンジツ見ろや」ッて云うメッセージ。女の子のお尻の方が戦争より大事だろうが。という。

ボクもそう思う。

ほか……逆シャアまでふくめて7部作です、て発言はあるんだけど……どうも、細かいところを追っていくと、このままじゃ逆シャアに世界が動いていくっていうのがどうも「?」ッて感じなのよね。
まあ、そうじゃないように観ることも出来るんだけど、カミーユがすこやかに生きてて尚、隕石落しをやろうとするシャアッて……ダメすぎない?

などなど。池脇千鶴降板とか細かいとこでも色々云いたいんだけどまあいいや。
サラの出番は実は「恋人たち」で実質終わってるわけだし。

あ、あと、この「星の鼓動は愛」ではΖがようやく強いのでそこもうれしかったかもしれない。
ハイパーメガランチャーがカツを脅すのにしか使われてないけど(笑)

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ΖΖ
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Tracked: 2006-10-16 13:17